その時歴史が動いた:佐野常民

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2005年5月
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2005年05月29日(Sun)
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その時歴史が動いた:佐野常民

【あらすじ】西南戦争で政府軍・薩摩軍ともに多数の死傷者が出ている事に心を痛めた元老院議官・佐野常民は、ヨーロッパで触れた「赤十字」思想を日本でも起こそうと働きかけ、「博愛社」を設立。自ら九州へ乗り込み、救護活動を始める。

しかし「敵をも助ける」精神はなかなか理解されず、政府側からの妨害や嫌がらせを受けたり、薩摩兵から襲撃を受けたりした。

西南戦争後、組織拡充し「日本赤十字社」へと改名。明治27年に勃発した日清戦争では日本初の組織的な国際人道支援を行う。ジュネーブ条約に加盟していない清国兵に殺害されたり、凍傷や感染症で命を落とす看護師が続出するが、佐野は派遣を続け10万を超える兵を救護した。

【感想】○
戦場で傷ついた兵に敵も味方もない、との思想で平等に救護していくわけだが、敵も助ける姿勢がなかなか受け入れられなかった苦労も良く描けていた。どちらの軍からも睨まれる非情に危険な立場にあり、実際に亡くなった看護師もいたとは。

銃弾の飛び交う戦場に赴き、戦いを止めさせるわけでもなく、ただひたすら負傷者を運び続ける活動からは、戦闘の虚しさを感じてしまう。

とはいえ、太平洋戦争中は敵兵への救護活動が極めて消極的だった日本赤十字社の歴史上の汚点も押さえておいて欲しかった。

積極的に敵兵を助けた戦争では勝利し、消極的だった戦争で敗北するのは、何の因果が関係しているのだろうか。
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