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【あらすじ】SOS劇場で映画を観た生徒達は内容に文句つける。しかしその監督は「原作どおりだから」と言い逃れ。糸色望:絶望先生の手引きで「原作通り」を逃げていく監督。
「絶望した。原作どおりに作ったのに非難する世間に絶望した!」
原作より面白かったら原作者に失礼。原作通りを外れたスタッフは袋叩き。他にもこの町にはレシピ通り・気象庁の予報通り・当初の計画通り・編集担当者の言う通り・女王様の言う通りなどがある。きっちり責任をと迫る木津千里から逃げ、どちらにしようかな神様の言う通りを進んだ絶望先生は、通り魔に刺される。
冬休み。絶望先生の家に住みつく糸色交・常月まとい・小森霧。日塔奈美や大掃除に来た木津千里、関内マリア太郎と風浦可符香は茶菓子を持って来る。
糸色「永眠が叶わぬなら冬眠したっていいでしょう」
リストラ社員・ニート・腐女子、休載マンガ・凍結公共事業・荒れて放置BBSなどは新しく目覚めるための冬眠だと風浦。
皆で冬眠する事になり、部屋を締め切り、ヒーリング音楽の中、練炭で部屋を暖め眠りにつく一同。一酸化炭素中毒になりかける。
「安らかな冬眠すら許されないとは。もはや何もかもに絶望しました」
家から逃げ出した絶望先生だったが、あばれチンチン電車に轢かれる。手術室前に集まる生徒達。喪服を着た新井知恵先生。雨脚強まる。割れた眼鏡。
十一話まで長い声援ありがとう。絶望よ 永遠なれ。
番組が終わっても糸色望は あなたの心の中で生き続けます。
【感想】◇
#11と#12が入れ替え放送となったと噂されるので、こちらが真の最終回か。なぜ入れ替えられたのかは、思いつくだけでも
・ 女子高生が大人を殺害する事件があり、当初の#11に三珠真夜が絶望先生を殺す場面が問題となり、放送を遅らせ少しでも社会的配慮をするために#11を#12とした説。
・ 第二期シリーズの見通しが立ったため、絶望先生が死んで終わる最終回に出来なかったから当初の#12を#11とした説。
・ 安倍さん辞任の急報が入り、当初の#11にそのネタを入れやすかったので#11を後回しにしてでもネタを滑り込ませたから、#11が#12になった説。
・ 最終回を先に放送するというギャグ説。などなど真相は不明というか明かされたらそれはそれで詰まらない。
Aパート、原作どおりに映像を作るべきか否かについて。原作付きの番組に付きまとう永遠の課題。そもそも紙メディアの原作を映像メディアにする時点で原作どおりに出来るのか、という所から始まり、原作どおりは各メディア特性を無視した考えであって、多様なメディアの存在を奪う暴論だという結論も出せる。
原作どおりか否かは「原作と同じ雰囲気、同じ感動」などの主観に左右されるから無意味な指摘と言えるかと思えば、あらすじ・キャラ設定(年齢や登場する人物)は主観ではないので、そこは変えてはいけないとも言える。
原作どおりなんて、絶望先生のオープニングのように本の文字だけをずらずらと写したり、マンガをコピーして写すしかない。だったら声優も脚本も絵描きも皆いらない。でもそれは屁理屈で捻くれ者の戯言か。
しかし、原作が終わっていない時点での映像化では、どうやってもドラマを完結できないから、完結させるためにはあらすじを変えたり、キャラ設定を変えるしかない。反対に、それでも原作を忠実に再現させるため、曖昧な終わり方になっても仕方ない。との見解もあり。
原作どおりか否かで怒って良いのは原作者のみであり、原作者が映像化を了承し、放映後も裁判でも起こさないならば、原作と異なる作品になっていても良いのではないか。そもそも原作と違うと映像の製作者に視聴者が文句を言う資格はあるのか。いや、金を払って観た場合はその資格は十分ある。「原作を映像化」などと謳われてた場合も同様。
原作と違うからダメと一概に言えない。原作と違って面白かったとの感想を持つ人もいる。逆に、原作と同じだから詰まらないとも、同じで面白かったと思う人もいる。
原作と違う魅力で作品にし新たなファンを獲得する戦略がある。そういうメディアミックスでブームを生む戦略。反対に、原作好きがメインターゲットになるのだから、原作どおりに映像化するのがメディアミックス戦略の王道。
原作どおりで映像作品の収益が見込めるのか、原作と違う作品になっても原作ファンにそっぽ向かれても新たなファンを獲得できて収益が見込めるのでは。違う映像を作る気概がなければ業界の未来がない。否、原作どおりでローリスクにして大量に映像を作った方が業界のため。
…キリがないから止める。少なくとも当ブログは、「原作と違う・同じ」などは書いた事がない。それは上記の論争が虚しいからか、原作を読んだ事がないからか、は書かないでおこう(笑
さて、二人目の通り魔は#12で出てくる三珠真夜。と分かるように作ってある事からすると、やはり#12が三珠真夜の初登場でこの回が最終回と考えた方が「あれは誰?」とならない訳で、入れ替えだねとすんなり納得できる。
Bパート、何だかんだで絶望先生の家に集まる生徒達を見ると、絶望先生はずいぶん慕われてるなと思ってしまう。今までの絶望教育の賜物。どんな問題生徒でも「気にしません」と無関心を装いつつも受け入れ、絶望するような世の中の裏側こそ真実だと教え、それをボケにする事でツッコミ力を養い、両極端を歩ませないまともな教訓を分からせ、希望を持たずとも生きていける事を示した絶望先生。
自殺願望を持ちながら事故死してしまう人間の皮肉な運命まで見せ、手術室前に生徒や先生が駆けつけて涙する。実はすごく熱い教育ドラマじゃないか。でも「えっ!よもや、ちょ、ちょっと待っ」だったね。
【総評】◇
ギャグアニメの記事化は当ブログでは初の試みで、書き方が間違っているかもしれないが、なるべくギャグの面白い・詰まらないだけでない部分を書いていこうと心がけた。というか浅学ゆえにパロディの元ネタが分からないものが多かったため。そういうバカ視点での評価。
#1◇ は絶望の糸色望と希望の風浦可符香を対比させつつ、実は表裏一体を思わせた。
#2○ が一番好きかな。新キャラの問題点を教育的?に解決していく流れが良い。
#3○ からブラックモード入ってきて、どこまで応じて良いやら戸惑った。木村カエレが二重人格でなくパンツ見せキャラになって楓がその後登場しなかったのは少し不満。
#4○ は一新されたオープニング映像に高評価。
#5◇ は毒抜きネタに応じて、感想の文章も毒抜きしてみた。読み返して見ると、丁寧な語尾はかえって嫌味に読めない?
#6◇ から新キャラ処理でない話に。新キャラ消化のアニメで、そこを絶望先生が解決していくのを気に入っていた面があるので、ちょっとここから評価が低まる。
#7◇ はあんまり書く事がないので、聞きかじりのメディアリテラシーだのマス・コミュニケーション論に脱線。
#8◇ を「見えない」「読めない」と言わないで。存在が見えない臼井影郎ネタに応じて、頭皮が隠れてる場面のあらすじ・感想を背景と同色化してあるだけ。あんま大した事は書いてないから見えないままで良いよ。
#9○ は哲学的で結構好き。細かい場面からも好きに解釈できて、書いてて楽しかった。
#10◇ は週間絶望先生批評のパロディ元ネタが知っているものだったから、「週刊フジテレビ批評」についてで脱線。
#12○ は危険なネタの匂いがしたので、そちらを巧妙に回避しつつ、でも丸くならないように安倍さんネタで攻めてみた。そこそこ上手く書けたと思う。
そして最終回◇ は原作どおりか否かで両論併記しただけ。これも一種の逃げ道って事で(笑
…社会風刺のギャグアニメ「さよなら絶望先生」は、放映期間中に安倍政権が倒れるタイムリーさに恵まれ、それだけで存在意義のあるものになった。ギャグも面白かったが、そのギャグは旬のものであり、旬が過ぎて何年経っても笑えるかという面に不安を残す。だからそうでない部分で笑えて考えさせられるアニメでないと厳しい。
原作から引っ張ってきたと思しきネタは、アニメ化の時点で既に旬が過ぎていたものもあった。これを解決する一手段として原作者の黒板文字ネタを入れる協力態勢をとっていた。もう一つの解決手段は早期に第二期シリーズを始める事。原作と同時進行くらいの勢いで。ずっと続けて日本社会のギャグ的な裏歴史を残すくらいの気概で。
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