テレビ批評的視聴記 - 2007/10/10

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2007年10月10日(Wed)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:日中国交正常化

【あらすじ】東西冷戦で昭和27(1952)年のサンフランシスコ講和条約に中国は参加せず、日本は翌年に台湾の蒋介石の国民政府と日華平和条約を締結。台湾を唯一の中国政府と認め、毛沢東の共産党政府の中華人民共和国とは国交を結ばなかった。

しかしその後、中国はソ連との対立を深め、西側との貿易を盛んにしたい中国と、ベトナム戦争を打開したいアメリカの思惑が一致。昭和46(1971)年にニクソン大統領が中国訪問を発表、中国の国連入りも承認されて台湾は国連を脱退した。自民党総裁選では福田赳夫を中心とする台湾派を田中角栄が破り、田中総理は中国との交渉に乗り出す。

昭和47(1972)年8月、訪中した公明党の竹入義勝(後に創価学会と敵対)は、周恩来が「日米安保の承認、戦争賠償の放棄」を飲む意向だと田中に伝える。9月25日、田中は訪中し人民大会堂で、戦争によって「中国に多大なご迷惑をかけた」と謝罪。この発言に中国側の態度は硬化し、日華平和条約では講和も賠償も終わっていないとの姿勢を示す。
周「台湾が全中国を代表して戦争を終わらせたとは、とんでもない話だ」

26日、交渉は暗礁に乗り上げ、日本側は深夜まで協議した結果、外務大臣:大平正芳が「日中間のこれまでの関係は“不自然な状態”と表現できないか」と切り出した。27日深夜に田中と大平は毛沢東と予期せぬ会談を用意され、ここで大平提案の受け入れを毛が表明。「中国と日本との間の極めて不正常な状態は終了する」との表現でまとまった。

28日、日本は二つの中国の立場をとらず、台湾とは民間交流のみとするとの提案に中国は全面的に賛意を示し、昭和47年9月29日に日中国交正常化が実現した。

【感想】○
その時歴史が動いた:廣田弘毅で国民政府と決別し、その国民政府が台湾に逃れ、共産党政府が継承でなく新しい中国政府となった。そしてその時歴史が動いた:石橋湛山で中国と民間貿易を開始し、田中角栄が台湾に対する信義より中国との実利を重視して、国際情勢の変化を背景に中国との国交正常化を果たした。とはいえ今回の番組が描き出したのは、「ご迷惑」との言葉で交渉が難航し、「不自然」「不正常」との言葉で妥協点を見出した交渉の妙味だった。

言葉の解釈の違いで失敗寸前に陥ったかと思えば、言葉は違う解釈に取れるとの性質を生かして交渉を成功させたという面白さ。文言の解釈を詰めるのが外交交渉の通例なのに、どちらにも都合よく解釈できる文言にして国交を結ぶ。問題の先送りと云われようとも、双方ともに実利を得たい事情を優先させた解決法。

田中角栄の「中国に多大なご迷惑をかけた」は、中国にとっては軽い謝罪と捉えられた。田中自身にとっては全てを含めた重い謝罪の意味で、誠意ある謝罪のつもりだったが、どんどん中国の態度が硬化し、放棄の意向だった戦争賠償も要求されかねない状況に。意図せざる所で交渉が躓いて田中も戸惑っただろう。

もちろん田中の内心の吐露や日本の外交官らの内部協議は、中国側が用意した部屋で行われたのだから、中国側に全部盗聴されており、そこから得た情報によって、中国側が「ご迷惑」発言の真意を知ったのだろう。だからこそ交渉は決裂しなかった。

大平が「不自然な状態」との表現を夜を徹して捻り出す模様も中国側は把握しており、何とか講和と国交を結びたいという日本側の意志を確認してから、中国のトップ:毛沢東は田中・大平と面会する。

実は中国側も、最大の貿易国:日本と是が非でも国交を結んでさらに貿易を拡大し、東側から孤立して弱まる国力・地位を持ち直したいとの願望があった。さらに日本は台湾と講和し国交もあり、例えこの交渉が決裂しても全てがパーになる訳ではない有利さがある。中国はこれらを悟られたり利用される事を恐れていたのではないだろうか。

「中国と日本との間の極めて不正常な状態は終了する」の文言から、日本は日華平和条約で戦争が終わったと解釈でき、中国は今回の交渉で戦争が終わったと解釈できる。どちらにも解釈できる表現で丸く収めた知恵ととるか、曖昧表現でしかまとめられない対立の根深さととるか。

この解決法は、自国の解釈しか教えないならば両国の歴史認識にも影響する。他にも、領土・国民賠償などの問題は意図的に避けられた。それでも実利をと当時の両国が望んだ結果が日中国交正常化ならば、それによって現在生じている問題もまた、国際情勢を睨みつつ、互いに知恵を出し合って解決していくしかない。問題先送りを永遠に続けるのが日中外交、それこそ外交の本質で戦争回避の手段だとするならば。
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