テレビ批評的視聴記 - 2007/08/23

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2007年08月23日(Thu)▲ページの先頭へ
鬼太郎が見た玉砕

【あらすじ】水木しげるは昭和46(1971)年、26年ぶりにパプアニューギニアのニューブリテン島を訪問。ここで水木は戦時中、敵の夜襲に遭って水木以外は全滅、その後の爆撃で左腕を失う。終戦後、現地民と暮らそうと考えたが説得されて帰国した過去を持つ。彼らと再会を果たして日本に戻った水木と妻(田畑智子)の周囲に不思議な出来事が続く。戦没者の霊を鎮めるかのように新作漫画を描き始める水木。

丸山二等兵(香川照之)はニューブリテン島バイエンに配属された。ラバウル(10万)より前線に近いバイエン支隊(500名)への補給は滞り、自給自足で陣地構築の日々。ヘマばかりの丸山は本田軍曹(塩見三省)から平手打ちを食らう毎日。中隊長(石橋蓮司)の似顔絵を描いて貰ったバナナも軍曹に奪われる。ワニに食われたり、デング熱に罹る兵達。

上陸した敵軍が迫り、交戦で負傷した加山の指を切り落として遺棄。入隊前からの友人だった赤崎は爆死。包囲されたバイエン支隊は田所少佐(木村影吾)が中隊長のゲリラ戦案を押し切って玉砕命令を下す。突撃前に本田軍曹は後ろから撃たれて負傷し手榴弾自決。丸山の中隊は別方向から突如攻撃を受けバンザイ突撃の機会を失い、生き残ってしまった。

足を負傷した中隊長と共にセントジョージ岬を目指すが、途中で中隊長は責任を取って拳銃自決。約80名が岬に辿り着く。その報告を受けたラバウル兵団指令部中枢は騒然となる。大本営や方面軍に玉砕を発表した以上、生き残りはあってはならない。兵団長(瑳川哲郎)・参謀長(境晴彦)は木戸参謀(榎木孝明)に秘密裏の処理を命じる。

現地に赴いた木戸参謀は助命を願い出る軍医(嶋田久作)と口論。軍医は抗議の自殺。戦死扱いになると聞いて自決する下級将校達。残りの77名は再度の斬り込みに向かう。木戸参謀は突入直前に指揮権を少尉に譲り、自分は報告のため戻ると告げる。丸山らは最後に「くるわ唄」の替え歌を唄って総員玉砕。

私は郭に散る花よ
昼は萎れて夜に咲く
嫌なお客も嫌われず
鬼の主人の機嫌とり
私は何でこのような
辛い務めをせにゃならぬ
これも是非ない国のため

【感想】○
ゲゲゲの鬼太郎で有名な水木しげるの実体験を元にした漫画「総員玉砕せよ!」をNHKスペシャルでドラマ化したもの。南方戦線で玉砕と報じられて散った部隊で起きた真相。生き残ってしまった兵達は敵前逃亡扱いされた。軍規と体面を守るために玉砕よりも無意味な再突入によって処理された聖ジョージ岬での悲劇。

…と書くと、とても暗く重い悲惨なだけの話のようであるが、劇中の雰囲気はどこかほのぼのとしていて、飄々とした面白さにさえ包まれている。楽園のような気候のパプアニューギニアと、楽しさ(快楽)を求め続ける間抜けな丸山二等兵のキャラクター、どこか憎めない鬼軍曹や優しい中隊長に、対比される堅物の上層部。これらの要素が単純な反戦モノではない仕上りになっていた。

水木しげるの分身である丸山二等兵は、兵隊としては何の能力もない。辛うじて絵を描くのが得意であるが、絵を描く夢も潰される戦争への憎しみなども持ち合わせていない。はっきり言って考える頭のないアホと言ってしまっても良いくらい。その代わり、人間の本能には忠実。

丸山の行動原理は三大欲(食欲・睡眠欲・性欲)。これは時々挿入される戦後の水木の様子からも裏付けられる。水木は戦地で飢えに苦しんだ反動からか、とにかくよく食べる。そして何処でも好きなだけ眠る事を家訓としている。さらに売れっ子漫画家らしく、高級旅館に女性を連れ込む。

軍隊ではこれら三大欲が一つも満たされない。食料の補給は途絶えて好きな物を食えず、敵の夜襲・空襲で眠りも妨げられ、慰安所の番も回ってこない。だから丸山は軍隊を詰まらないと思っている。任務に身が入らず軍曹からビンタばかり。任務外で楽しみを求める。

戦後、ニューギニアを再訪問した水木は現地で大笑いし、それを軍曹の霊に詰問される。何故だか分からない・何だか可笑しくてと答えた水木だったが、生きている喜び、三大欲が満たされる今の境遇、軍隊として来なければここは素晴らしい場所だという再認識、あの日々のバカらしさ、亡くなった者の分まで笑ってやる…等々が入り混じった大笑いだったのだろう。

表では強面でも陰では優しい中隊長。上官にこういう人が居たと本や新聞では証言される事があるが、テレビではなぜかあまり描かれない。殴ってばかりの軍曹も、バナナを奪うために格闘したり、次第に理由も付けずに殴り出して戦況の悪化を思わせるなど、根っこの部分で人間的な面が示されるので憎めない。

本田軍曹の最期は、後ろから撃たれて自決だった。「味方の弾だ」と呟く様子は、後方のラバウルからは生きるための補給が送られず、死ぬための玉砕命令だけが送られたという皮肉が込められているかのよう。丸山にとって敵より恐かった軍曹は、敵より恐い味方に倒れる。

中隊長の死の銃声を聞いたシーンでの香川照之の演技が抜群。口をヘの字に首を横に振って「やりきれん・詰まらん」という表情。自分だったら軍を抜けて生き延びるさと思っていたのかもしれない。

玉砕で生き残りというあってはならない事態に直面した司令部は、さらに上の方面軍・大本営の方しか見ていない。軍規やメンツを重要視し、無かった事にするための処分(処刑と言い換えてもよい)を急ぐ。玉砕戦をも生き延びた兵を貴重な戦力とは捉えず、敵前逃亡した違反者と決め付ける。考える頭を持ち合わせていないのは丸山だけではなかった。

木戸参謀は最後に指令部に戻ると告げて反感を買う。これは、戦争モノでよく描かれる上級将校はぬくぬくと生き延びたというパターンに捉えがちだが、このドラマでは別の意味を持つ。玉砕で生き残る人間は必ず出るという結論。一度目の玉砕で生き残った丸山らと同様、この参謀も形は大きく違えども玉砕での生き残りとなる。

軍隊が完全なものでない以上、その軍隊から発せられる玉砕命令も完全なものになり得ない。(何やら哲学領域に入ってしまったが)丸山と木戸参謀は軍隊と玉砕の不完全さを体現して、対極的な位置から軍隊と玉砕の不条理を視聴者に訴えかける。

そして水木しげるが生き残った事実(部隊で唯一の生還者)がこのテーマの真実性であり、水木の存在こそ、このドラマの成立条件でもあったのだ。だから百まで生きて下さい水木さん。
参照記事:硫黄島玉砕戦
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