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【あらすじ】欧米列強に対抗し植民地を求めて大陸に進出する日本。東洋経済新報の記者:石橋湛山は「大日本主義の幻想」において、植民地の貿易額より英米の貿易額は2倍との根拠などから、全植民地を棄てよと主張する。戦時中に厳しい言論統制に遭うが筆を折らず、大蔵省の「戦時経済特別調査委員会」では戦後の貿易立国を断言した。
終戦後の昭和21(1946)年、吉田茂内閣の大蔵大臣に抜擢された石橋湛山は、国家予算の3分の1を占める進駐軍の経費削減に手を着ける。20%減に成功したもののGHQから公職追放された。世界は東西冷戦が深まり、日本はサンフランシスコ講和条約で西側の一員として復帰。追放を解除された石橋は、冷戦構造に風穴を開ける事を政治的使命にした。
昭和29(1954)年、鳩山一郎内閣の通産大臣となった石橋は、経済を足がかりとしたアジア外交に着手。中国との民間貿易協定を結び、日中輸出入組合も設立した。アメリカは対日援助削減をちらちかせたが、石橋はこれを無視。鳩山退陣後の総裁選に立候補した石橋は、岸信介を7票差で破って内閣総理大臣に就任。イデオロギーを超えた外交方針を打ち出す。
だが昭和32(1957)年1月25日、脳梗塞で倒れた石橋はわずか65日で退陣。その後、岸内閣が対米一辺倒の外交を展開し、日中貿易は全面停止した。台湾をめぐって米中の関係は一触即発となり、「世界を動かす大きな仕事」のため石橋はマヒの残る体で訪中。昭和34(1959)年9月17日、周恩来と会談し「日中米ソ平和同盟」構想を明かす。
2国間で解決困難な問題を4か国で話し合い、日本は米中ソの掛け橋となるプランに、国際社会で認められたい周恩来は同意。さらに台湾への武力行使をしないと語った。翌年、日中貿易は再開し民間交流も活発化した。石橋は日中国交回復の翌年の昭和48(1973)年に88歳で死去。
【感想】○
経済合理主義に基づき、戦前は一貫して日本の植民地政策に反対を唱え、戦後はアジア外交、冷戦が始まるとその構造打破のため中国との関係構築に尽力した石橋湛山。経済がイデオロギーを超越するとの思想から、日本が貿易立国となり大国間の橋渡し役となる小日本主義を実践しようとした。
石橋湛山がもっと総理大臣をやっていたら…というifはちらほら聞いた事があるが、今回きちんと湛山を知ってみると、確かにそう思いたくもなる。今の日本とは違った形の国が出来たかもしれない。
でも今回のその時は、総理大臣後の活動が分岐点であり、湛山の考え方と同様の政策が採られた(結果的にだが)のを見ると、湛山が倒れなくてもさほど変わりは無かったのかもしれない。しかし、だからこそ湛山の先見性が際立つ。
湛山が政策方針を経済から考えていた人物だというのは、戦前と戦後の外交からよく分かる。戦前はアジア植民地を切って英米貿易を訴えていたのに、戦後はアジアとの貿易を築こうとした。政治的に変節ともとれるが、経済観点から合理性があったのだろう。さらに、英米かアジアかという選択でもなく、多元的な貿易をすれば尚良し、との考えだったのだろうか。
アジア外交と言いつつ、今回は中国との関係ばかりだったのは少々疑問だが、冷戦構造に風穴を開ける手掛かりとして中国があったと考えるべきか。日本が貿易立国となる事が日本の国益に適い、東西対立で貿易を狭めるよりも多国と貿易する方が得だと。しかも冷戦を辞めれば世界平和にも繋がると。
着想は自国の経済合理性だが、最終目標は世界的な視野に至る面白さがある。これを日本以外の国にも適用する事もできるため、石橋の思想は各国首脳も無視できないものがあった。ここでこの思想を危険視するのは、世界No.1の国:アメリカ。一番であり続けるには石橋の思想はアメリカの地位を揺るがしかねない。
日本を西側の一員に留め、反共の砦にしたかったアメリカにとって、政治・イデオロギー対立を超えた貿易立国を模索する石橋の姿勢は脅威であり、石橋が総理になって狼狽してしまう。下手をすると日本が中国と組んでしまうのではないかと(これは今でもアメリカが恐れている事だが)。
石橋自身にはアメリカの懸念するような考えは無かったと思うが、当時はアメリカ自身が共産主義の恐怖を自分で増幅させている状況だったから、「中国とも」と望んだ石橋がとても危険に思えたのだろう。
結局アメリカはニクソンショックで中国と接近し日本を出し抜き、経済によってソ連を追い詰め冷戦崩壊へと導いた。石橋のやろうとしたのと同じ事をアメリカがやって成功したわけで、石橋の先見性が光ると共に、これを日本ができなかったのが痛い。今日の外交方針の迷走と対米一辺倒しか答えを見出せない遠因がここにあるのかも。
さらに、石橋と同じ事をやったアメリカは、必ずしも世界No.1でない選択と同じであるはずなのに、世界No.1に固執しているから、やたら武力に頼るおかしなイデオロギーに陥っているようにも思える。
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