テレビ批評的視聴記 - 2007/04/18

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2007年04月18日(Wed)▲ページの先頭へ
柳生十兵衛七番勝負 最後の闘い #2

【あらすじ】「柳生十兵衛死す」の知らせが江戸に届き、弟:又十郎(森岡豊)と佐山寛平 (苅谷俊介)、松平伊豆守信綱(西郷輝彦)は愕然とする。さらに尾張の徳川義直の訃報も入り、徳川家光(寺泉憲)の病状は悪化。一方、軍学者:由比正雪(和泉元彌)は倒幕の噂を流して浪人を集め、駿府・京・大阪で挙兵、手薄になった江戸で本隊が挙兵し紀州藩主:徳川頼宣(西村雅彦)が江戸城入りするとの計画を練り上げた。

浪人が続々と集まる不穏な動きに対し幕府は、身元引き請け人のない浪人への取締りを強化。仕事も与えず長屋からも追い出した。路頭に迷う浪人達の請け人となったのは由比正雪。由比の軍学塾:張孔堂には大勢の浪人が集まるようになった。丸橋忠弥(照英)の友人:矢口新八(永澤俊夫)も軍学塾に誘われるが関わりを避けた。

死んだと見せかけて密かに江戸入りしていた柳生十兵衛(村上弘明)と妻:るい(牧瀬里穂)は宝蔵院流槍術の丸橋道場に泊る。江戸城で伊豆と家光に面会した十兵衛。そこへ見舞いにやって来た頼宣は生きている十兵衛に驚き、殺害報告をした松下兵衛(大沢樹生)を詰問。丸橋の勧めで由比と対面した十兵衛だったが、物別れに終わる。

頼宣は十兵衛を江戸から追い出すため、母:りん(富司純子)が紀州に居ると教える。万一、柳生但馬守宗矩と争う事になった時のための手駒としてりんを持っていたが、宗矩の死で不用となったので十兵衛が引き取るよう促す。伊豆からもこれを機に家光への最後の奉公として、乱に加わりそうな各地の浪人を斬るよう命じられた十兵衛。

矢口新八は知人の旗本らに請け人を断られ、高熱を出した息子:八郎太の診察も断られる。やむなく由比の下に掛け込み、医師:道庵に助けられる。さらに由比は新八に刀を与え、恩返しとして十兵衛を斬るよう頼む。江戸を発とうとする十兵衛一行の前に立ちはだかる新八。「さる御方への恩義」のため勝負を挑む。討たれた新八は丸橋に息子を託す書状を十兵衛に渡して絶命。

紀州に戻った松下兵衛。彼は頼宣の息子:梅之丞(星野亜門)の叔父。そしてりんの息子、つまり十兵衛の弟だった。

【感想】◇
家光危篤の報がなぜか市中に流れ、集まる浪人に対して幕府は取締り強化。それがかえって由比らの勢力を増す事になる。仕事も住居も失い診察も受けられない浪人の象徴が矢口新八。息子の命を助けてもらった恩義として、自らの命を賭けて柳生十兵衛に斬り掛かった。

ちょっと時系列に疑問を持ったので史実を調べてみた。十兵衛の父:宗矩が死んだのが1646年、今回の舞台はその4年後の1650年。この年に尾張の徳川義直も死んでおり、そして何と柳生十兵衛も死んでいる。翌年の1651年に家光が死に慶安事件(由比正雪の乱)が起きている。

だから十兵衛が慶安事件で闘うのは全くのフィクション。でもそんな史実を多少なりとも意識しているのか、今回で公には十兵衛が死んだ事になっている。実は生きていた設定にして何とか説明のつくように進めて行くようだ。

浪人が増えたのは家光時代に諸藩の改易や取り潰しが多数あったからで、その浪人に不穏な動きありとして取締るのは自ら蒔いた種を刈るようなもの。十兵衛はそういった政事に嫌気が差し、浪人の味方になろうとして生きてきた。だが由比正雪からすれば、十兵衛は8300石の身分だから理想を言えるのであって、現実の浪人を見ていないと映る。

十兵衛は「太平の世が正しいなら、武士を捨てるのも一つの生き方」と考えているが、由比正雪は「家も禄も失った武士が武士も捨てては屍同然」と答える。由比はもはや倒幕しかないと考え策を練る。由比が悪者となってしまうのは、その理念に偽りと野望が混じっているから。浪人を手駒に倒幕のために使い捨てにしてまでも、自分の軍学を試したいとの欲望が見え隠れする。

悪者は善人のふりをして甘言で釣る。浪人達は続々と由比の仲間となっていく。しかし今回の矢口新八はそんな由比に胡散臭さを感じていた。だから誘いを断り別の道を探ろうとするが、もはや由比を頼るしか選択肢は無くなっていた。情勢を見抜く能力がありながらも、その武士としての能力の高さゆえに武士を捨てられない新八。

武士らしい武士の新八は、由比を利用する(診察だけしてもらう)という事はできなかった。息子の命の御礼に自分の命を投げ出す。武士の命である刀まで由比から与えられてしまっては十兵衛と戦うしかない。

一方の十兵衛は新八の事情を知らずに勝負を挑まれる。「さる御方への恩義」とは誰かを聞き出したいから新八を殺そうとは思っていない。一度、新八の胴に十兵衛の剣が刺さって勝負は着いた。ここで止めるつもりだった十兵衛だが、新八は闘志を絶やさずもう一太刀振ってくる。十兵衛は驚きながらも止む無く新八を斬るしかなかった。

この勝負で十兵衛は、事態が抜き差しならない所まで来ている事を知った。勝負の見えた戦いでも命を賭ける浪人の困窮。新八が武士として死を選んだ様を見て、浪人に武士を捨てよとは理想でしかないと気付かされたのだ。新八役:永澤俊夫の、普段の凡庸な顔付きと勝負時の真剣な顔の差が良かった。

最後に明かされた兵衛の身分。母:りんとの関係だけでなく弟との対決も待っているという事か。頼宣も十兵衛の身内という事になってしまい、何やら複雑な家庭事情になってきている。
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