テレビ批評的視聴記 - 2007/03/11

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2007年03月11日(Sun)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:イタイイタイ病裁判

【あらすじ】富山県婦中町では大正時代から中高年女性を中心に骨が脆くなる奇病が多発していた。医師:荻野昇は神通川上流の三井金属神岡鉱業所の廃水が原因と推測。患者の骨にはカドミウムが含まれており、それは亜鉛加工で出るものだった。昭和36(1961)年11月、荻野はイタイイタイ病の研究発表を行うが他の学者から無視された。

この発表を知った農家:小松義久は「米が売れなくなる」「嫁が来なくなる」との強い地元の声を説得し、対策協議会を結成。昭和42(1967)年に鉱業所へ直接交渉に出向くが、「公の機関が三井に責任があると言うなら補償する」と言われた。この件を知った弁護士:島村樹を始めとする20人の若手弁護士が無報酬で協力を申し出る。

昭和43(1968)年1月6日、イタイイタイ病訴訟弁護団が結成され、裁判を起こす事になったが、民法709条での過失の立証には膨大なデータと予算が必要だった。これを鉱業法109条を用いて因果関係のみに絞って提訴。三井側は全面否認し現場検証が行われた。やがて裁判費用は底を尽いたが、訴訟救助で支払いを猶予してもらい、町村議会も訴訟支援の助成金を出した。

昭和45(1970)年に入り、最高裁の全国民事裁判会同で、公害裁判では加害企業に立証責任を負わせるべきとの見解が示され、三井側が裁判引き伸ばしのため求めていた科学的第三者鑑定は却下。昭和46(1971)年6月30日、原告勝訴の判決。因果関係の立証には必ずしも科学的証明は必要無いとする画期的な判決だった。この後、新潟水俣病・四日市ぜんそく・熊本水俣病などでも勝訴が続いた。

【感想】○
風土病とされてきたイタイイタイ病の裁判闘争に立ち上がった医師・農民・弁護士。大企業相手に勝訴は無理とされてきた公害裁判で、住民が勝利を掴むまでを描く。小さな活動から次第に支援の輪が広がり、世論を動かし、裁判所の姿勢を変えさせ、公害裁判の在り方を決定付けた。

題材が題材なだけに、これを見て低評価など下せない。語弊があるが「ズルい」内容ではある。ただ、公正を旨とするNHKらしく、住民が絶対善で企業が絶対悪という勧善懲悪はなるべく控えていた。

「三井金属神岡鉱業所」という名前は字幕で出すだけで読み上げない。三井側の主張はこれまでの公害裁判(足尾鉱毒など)での企業のやり口と同じだった点を強調。それは裁判所に立証責任に関しての指針が確立していなかったからだ、とする解説者(原告の弁護副団長)のコメントも差し込んだ。

住民側にも、米や嫁の心配の声や、原告団に対する冷たい視線、敗北したら土地を出ていかなくてはいけないとまで思わせた地域社会を描く。そして裁判後は、三井側が廃水対策を住民と共に行っている事、土地の復元事業にも参加している事を伝えた。

これらを企業側への配慮のバランスで切れ味が良くない、と見るかどうかは視聴者次第だが、こういったバランス感覚は、センセーショナルに善悪を決めてかかる民放ではなかなか発揮できないのでは。

逆に、こうして住民・企業・裁判所のそれぞれの問題点を指摘してくれた方が、事の本質が浮き上がったりする。今回はイタイイタイ病に苦しむ患者の声であり、将来の子孫のためという願いが原点だと理解できた。

住民の実利から来る泣き寝入りの過去、企業の過去の勝訴と利益優先行動、裁判所の公正さの考えと私人VS企業の判例の少なさ。これらのしがらみを解き放ったのは、住民の悲痛な叫びであり、弁護士の若さゆえの純粋な行動だった。

誰もが何となく、公害の原因は直感で分かる。だから世論も被害者に味方する。それが町村議会を動かし、裁判所の指針も変更させ、無限の科学論争に持ち込ませる事を阻止した。番組後半の動きは原告側が問題点を次々にクリアしていったように見えたが、そこまでの道のりは遠い。

荻野昇の発表から協議会結成まで5年以上かかっている。この間に一軒一軒説得に回った小松義久の苦労は並大抵のものではない。しかも5年かかっても30人しか賛同者を得られていないのだ。どれだけの人が泣き寝入りして(させられて)死んでいったことか。
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