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【あらすじ】「撤退への長き道のり」
ソ連軍のアフガニスタン侵攻に対しアメリカは、軍縮条約破棄・モスクワ五輪不参加の措置をとる。さらに侵攻をソ連の国力を削ぐ好機と捉え、ゲリラへの武器供与を開始。ソ連は軍を増強したものの、ゲリラは山岳地帯でアフガン政府軍とソ連軍に奇襲を敢行。彼らはムジャヒリン(イスラム戦士)としてジハード(聖戦)に立ち上がったのだ。
ソ連軍は空爆を加えたが制圧することは出来ず、アンドロポフ書記長は撤退はソ連の威信を傷つけるとして戦闘を続行。1985年にゴルバチョフが書記長になり、カルマルを更迭し元秘密警察長官ナジブラを擁立。ソ連との友好関係の維持を条件に撤退を検討する。だが米レーガン政権はゲリラにスティンガーミサイルを提供。ソ連の制空権は失われる。
86年、ゴルバチョフは負けを認め、アメリカの不介入を条件に撤退を決定。国民和解政策によるゲリラとの連立政権の道を探る。だがゲリラはこれを拒否し、パキスタンからは米国製の武器を手にした各国のイスラム戦士が流れ込んだ。オサマ・ビン・ラディンもこの中にいた。
87年、ソ連は国連に仲介を要請。米ソの武器供与中止が条件となったが、アラブ諸国を経由した米国製武器の二次供与をソ連は問題視し続けた。88年5月にソ連軍は撤退開始。ゲリラが勢いづく中、ソ連はゲリラとの連立を諦めずにいた。マスード司令官とソ連軍の会見が予定されていたが、会見場をナジブラが空爆。連立の夢は潰えた。
89年2月に完全撤退するや、アメリカは支援を拡大し、対抗してソ連も支援を再開。だが冷戦終結によりソ連もナジブラ政権も崩壊。残された武器により96年にはタリバンが政権を獲得。アメリカから見捨てられたイスラム戦士は9.11テロを実行。2001年のアメリカ軍侵攻へと至る。現在もアフガンではカルザイ政権とタリバンの激しい戦闘が続く。
【感想】○
まさに泥沼。ソ連はアメリカの対抗支援によってアフガニスタンから手を引けず、大国の威信に拘っている間に戦闘は長引き、次第に敗北を重ね、ゲリラとの和解も出来ずに撤退。そして残された武器と練度の上がったイスラム戦士が政権を取る。今度はそれを支援していたアメリカが彼らの標的となった。アメリカはテロの報復でアフガンに侵攻し傀儡政権を樹立するが、未だにタリバンとの戦闘を続けている。
ソ連の政策は政治と軍事で考えて見ると分かりやすい。まずは軍事から見ていくと、ソ連軍の1、2ヶ月で撤退との当初の方針は、ゲリラの抵抗拡大によって変更され、ソ連は力で押さえこもうとするが失敗。これは軍が予想した通り、不利な山岳地帯の戦闘に引き込まれたから。
制空権を頼みに、有利な状況の中で撤退を模索するが、アメリカのスティンガーによって制空権は消失。兵士の士気は落ち、負けての撤退しか道は無くなる。
政治の方では、最初は傀儡政権で運ぼうとしていたが、実行力の無さに失望。肝いりの秘密警察長官を送り込んで強攻策を取るものの、こちらも失敗。一転してゲリラとの連立を模索するが、そんな都合の良い話にゲリラが乗るはずもなく失敗。
さらに、傀儡のはずだったナジブラが権力欲に取り憑かれ、連立工作を妨害し出す。ゲリラの中でも友好的だったマスードすら敵に回してしまう。これが皮肉にもイスラム一色なタリバン政権の布石となってしまう。
最初は大国の威信で撤退しなかったソ連だが、次第にそんな事は言ってられなくなり、軍の有利なままでの連立→軍の敗北を認めての連立→とにかく撤退→気付いたら自分の国が崩壊。という条件崩れにどんどんなっていった。
そんな悲惨なソ連になったのは、アメリカの策略にはまったからと言える。まず、1、2ヶ月で撤退との予定が狂ったのは、ソ連侵攻の前からアメリカの支援があったからではないだろうか。第一部ではアメリカはアフガンに関与していないと答えていたが、やはり疑わしい。
武器を供与しゲリラを訓練させ、イスラム戦士のジハードとして戦わせたのではないか。聖戦との大義名分を利用して、ソ連を崩壊させようとの意図は明白かと思われる。アメリカはイスラム教を利用し、イスラム教徒は宗教による闘争に目覚めたのだ。
この利用と闘争が今の状況を理解する手がかりになる。アメリカはイスラム教を利用しただけだから、ソ連が崩壊してしまえばイスラム戦士は用済みである。対してイスラム戦士は武器と戦い方を身に付けた。
アメリカがイスラム教をも利用して戦わせたというアフガン戦争の真実は、イスラム教徒にとっては侮辱である。宗教による恨みが、手にした武器によってアメリカに向かう。それが9.11テロ。本来は戦争をよしとしないイスラム教が闘争を選択し、アメリカとの宗教戦争へと雪崩れ込んでいる。
アメリカはこれに受けて立ち、ソ連と同じようにアフガンに侵攻し、ソ連と同じように後処理に手を焼いている。番組の最後にロシアの研究家が語った
「その国の問題を他国が解決しようとすると、大国は抜き差しならなくなり、その国の土台も揺らぐ」
との言葉は、アメリカにとっても現実のものとなるのだろうか。
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