テレビ批評的視聴記 - 2006/12/18

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2006年12月18日(Mon)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:ひらがな革命

【あらすじ】中国からの律令制度で統治していた平安時代、一万人の官僚の中から秀才として頭角を現した菅原道真。26歳で方略試、40歳で文章(もんじょう)博士となった。一方、藤原氏の御曹司:藤原時平は16歳で殿上人として政界デビュー、当時考案されて間もないひらがなで和歌を詠み、明るい美男子であったため色恋も絶えなかった。

讃岐国長官として地方における律令制度の崩壊を見た道真は、寛平5(893)年に国務大臣に相当する参議に就任するや、改革に乗り出す。だが時平は3年前に参議となっており、道真はひらがなと和歌にうつつを抜かす時平とは反りが合わなかった。それでも政治の実権は道真が握り、中国の律令制度からの脱却を図る改革として遣唐使の廃止、有力者の土地所有を認めての課税などを進めた。

道真の改革を勝手な振る舞いと見た官僚と貴族は、政務をサボタージュし、次第に時平の下に集まり出す。昌泰4(901)年正月、突如として道真追放令が出て大宰府送り。実権を握った時平は、土地の所有を認めた上でその広さに応じて課税という道真の政策を遂行する。だが同じ路線ではやはり官僚が付いて来ず、時平も追い詰められていく。

律令制度を絶対視する官僚の意識を変えるため、時平は紀友則・紀貫之ら和歌の得意な下級官僚にひらがな和歌集の編纂を命じる。恋歌ばかりの和歌に季節・祭事・旅などを加えた13種1100首の古今和歌集が延喜5(905)年4月に完成。和歌は漢文によらず日本古来の音によって心情を素直に表現できると宣言し、官僚達の意識も次第に変わった。これは源氏物語や枕草子、寝殿造り、十二単などの国風文化に繋がった。

道真は失意のうちに903年に59歳で死去。時平は道真追放以降、昇進を望まず左大臣で通して財政再建を進めたが909年に39歳で死去。

【感想】◇
漢字こそ公の文字とする菅原道真と、ひらがなをこよなく愛す藤原時平。歳も離れ生い立ちも性格も正反対な二人を対比させつつ、律令制度からの脱却をひらがな導入という切り口から解釈した大胆な新説の提示の回。もともとこの時代に疎い上に、あまりに大胆すぎて理解が追いつかない。

従来の、道真は学問の神様、時平は私利私欲な権力者という図式とは全く違う構図も提示していた。道真を漢文にこだわる頑固者、時平は柔軟で熱意ある改革者だという。道真と時平が対照的だという部分は良く分かった。ゆえに反りが合わないというのも自然な流れ。ここで時平が個人的な道真への嫉妬や権力指向から追い落としたのではなく、官僚や貴族全体の意見に沿って追放したと解釈していた。

従来と今回の新説のどちらが正しいかはそれこそ解釈によるが、その後の時平の行動を見るとやはり道真への個人的な僻みはあっただろうとは思う。位が一つ下でも歳は上で実権を握り、頭も良いため時平は道真に敵わなかったのだろう。

ただ、人柄とは別に道真の政策は時平も評価していたのかもしれない。律令制度の限界に改革が必要だとの思いは共通していた。時平が道真の政策を踏襲したのは、それ以外に思いつく能力が無かったとも言えるが、元の律令制度に戻したのでもない事を見ると、時平自身も改革の必要性は分かっていたと言えそうだ。

この改革がなぜ成功したのかの説明に「ひらがな」による意識革命に答えを求める所が斬新。中国からの律令制度の脱却と日本独自の文化の開花を結びつける。漢文に拘りつつも遣唐使を廃止した道真の意志を、ひらがなを愛する時平が受け継いだからこそ国風文化が華開き、延喜の改革となったというもの。ホントに大胆な新説。

ひらがなが初めて公の文書に使われた古今和歌集が、官僚の経済政策にどう影響を与えたのか分からないが、どちらも時平という人物によって行われた事を最大限に利用した説明か。まぁでも、今で言うとギャル文字を総理が愛して経済白書に使われたら、官僚もビックリだ。ギャル文字が日本古来の音かどうか知らんけど。
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