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【あらすじ】大正3(1914)年の第一次世界大戦で好景気に沸く日本。成金と呼ばれる富裕層が誕生し、成金マネーを米の投機に使った。米の値上がりを見越した商人が米を買い占め、ますます米の値段は高騰。寺内正毅内閣は、1917年のロシア革命を民衆蜂起に注目せず、大陸進出のチャンスと捉え、シベリア出兵を決断。これは更なる米の投機を呼んだ。
富山平野からの米を北海道に運ぶ富山市水橋港で、倉庫から港へ米俵を運搬していたのは「お母(おかか)」と呼ばれる女性達だった。まとめ役である水上ノブは、凶作でもないのに米の値段が上がる一方、自分達の暮らしは全然良くならない事に疑問を抱く。米が県外に持ち出されるからだと思ったノブは、大正7(1918)年8月4日、700人のお母を集め米商人に
「米をよそにやらんといてくだはれ」
と訴える。警官が駆け付けノブらは連行。
これを高岡新報記者:井上紅花が「社会経済主義の欠陥」、「拡大した貧富の差に対し政府が有効策を取らないのが原因」と報じる。その記事は当局に差し止められたが、全国配信された。やがて富山県各所、岡山・広島・和歌山でも騒動が起きる。12日には都市部に波及し、神戸・大阪などでは成金焼き討ち、賃上げ暴動へと発展。
寺内内閣は13日に10万の軍隊出動を決定し2万5千人を逮捕、新聞による社会主義的扇動が原因として言論弾圧も決行。18日には山口県で軍隊が市民に発砲し死者14名。メディアも徹底抗戦し、遂に政府内からも寺内退陣の声が上がり、9月21日に総辞職。
原敬が首相になり、米の緊急輸入などで高騰を抑える。米騒動は日本に労働運動・婦人運動・消費者運動をもたらし、大正デモクラシーの幕開けとなった。大正14(1925)年には普通選挙法が制定された。
【感想】◇
米の値上がりと自分達の生活向上がなされない現状に「おかしい」と思ったお母達による素朴な陳情が、一記者によって報道され、農村出身の都市労働者の抱く不満に火を付け、その矛先が成金・商人へと向けられる。軍隊投入、メディア規制も逆効果になり、寺内内閣をも倒してしまった「大衆」の誕生の時。
格差社会、ワーキングプア(働く貧困層)など昨今話題のキーワードで括って、今の政府や軍隊、株取引への警鐘にしようとのあからさまなメッセージが込められていて、しかも解説者が何でも自説に引き込む評論家:内橋克人(我田引水?)とくればちょっと引いてしまう。一貫した自説を目新しく枯れさせないため、新語を利用しないと評論家として生き残れない事情は察するとしても。
成金と農民の貧富の差を、正社員と非正規雇用者を主に指す現代の格差社会と同一視していいのか、そして水橋のお母をワーキングプアと呼んでしまっていいのか、少なからず疑問が残った。でもさすがに内橋も犯罪である暴動を称えるわけにも行かず、今回の解説はいつもよりおとなしめではあった。
さて、NHKの制作者や解説の論調は別として、今回はこの騒動が拡大・発展していく過程が興味を惹いた。水上ノブらの訴えの根拠は全く的を外しており、米商人が取り合わなかったのも当然だが、この騒ぎそのものが弱者と政府という対立軸で報じられて火が付く。
お母達は米を留めてと訴えてだけで、米をよこせとも破壊行動にも出ていないのに、飛び火した騒動では焼き討ち・打ち壊しに発展している。それをやれとも新聞は書いていない。そして政府は軍隊出動・検閲強化で応じて決定的な対立になってしまう。
しかも打倒社会主義のシベリア出兵と、米騒動が社会主義運動と結び付けられ、寺内は迷う事なく強硬策を選んだのだ。だが米高騰の一因がシベリア出兵であり、騒動の標的が戦争成金という点では、米騒動は見事に核心を突いている。
水橋のお母達が、自分達の行動が米騒動を生んだとは誰も思っていなかったというオチまで付いて、人間心理・社会心理の不思議な事件だなと思った。米騒動に乗じて軍隊の誇示・メディア規制を目論んだ政府と、米騒動に乗じて決起した団体や勢力まで考えると、意外とこの辺りに不思議なメカニズムの答えがあるような気もするが、確信が無いのではっきりとは書かないでおく。
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