テレビ批評的視聴記 - 2006/08/07

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2006年08月07日(Mon)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:白井義男

【あらすじ】白井義男はボクシングで昭和18年にデビューしたものの、兵役で腰を痛め、戦後の復帰戦でもKO負けで引退を覚悟していた。GHQ天然資源局水産部のアルビン・カーンは、銀座のジムで良いパンチをする白井を見かけ、コーチを申し出る。

カーンはボクシング経験は無かったが、藁をも掴む思いの白井はカーンの指導を受ける。それは一日一つの基本練習。さらに聞いた事のないディフェンス練習。だが2週間後の石森信之との試合で白井は、ディフェンスから繰り出したストレートパンチで勝利。昭和24年1月28日には日本フライ級チャンピオンに。

そして白井は「打たせずに打つ」戦法で、「打たれても打つ」堀口宏とのバンタム級チャンピオン戦を迎える。昭和24年12月15日、要所要所でパンチを決めた白井が判定勝ち。さらにカーンは世界に挑もうとハワイに飛び、世界チャンピオン:ダド・マリノのマネージャー:サム一ノ瀬に試合を持ち掛ける。

サムの特別の計らいで試合が決定し、世界フライ級タイトルマッチが昭和27年5月19日に日本で実現。4万人の観客の期待を背負った白井は、7Rで脳震とうを起こしながらも、11R以降は動きの鈍ったダド・マリノを攻め続け、遂に判定勝ち。その後もタイトル4連続防衛を果たす。

昭和27年のGHQ廃止後もカーンは帰らず後年、認知症になったが白井家の献身的な介護を受ける。カーンは昭和46年1月24日に78歳で死去。白井は平成15年12月26日に80歳で死去。

【感想】○
昭和26年9月8日のサンフランシスコ平和条約で主権を回復し、翌27年4月28日に条約発効。その3週間後に行われたボクシングの試合で白井義男が日本初のタイトルを獲得。敗戦で失われた日本人の自信と気力を与えたその時。その試合は、一度は引退を覚悟したボクサーとGHQ所属のボクシング経験の無いトレーナー対、日系二世のマネージャーと世界王者という組み合わせ。白井とカーンの信頼関係に焦点を当てて描いていた。

腰痛で終わった選手と見られていた白井義男と、GHQで改革の主流でない部署にいたアルビン・カーン。二人のこの境遇が互いに引き付け合ったのだろう。ここが今回のミソで、無名の新人を世界的人物にというカーンの野心に白井は応えた。

また、兵役中に婚約者を親友に取られ、人間不信に陥っていたカーン。そして兵役中の整備士の作業で腰を痛め、満足な試合も出来ない白井。ともに戦争によって大切な物を失っていた二人。

カーンの言葉を信じ実践して行く白井によって、カーンは心の傷が癒える。防御主体で腰に負担の掛かる攻撃を最小限にした戦法によって、白井はボクシングの勝利を得る。カーンの心の傷は白井の姿勢で、白井の体の傷はカーンの戦法で解消していく。互いの凹凸がピッタリ合わさって行く感じ。

「打たせずに打つ」白井VS「打たれても打つ」堀口の対戦も盾と矛の凹凸で対照的。精神力で前進して行く攻撃的ボクシングだけが本物と思われていたこの時期、ボクシングはショーではなくスポーツだとのカーンの信念は、派手さ重視の攻撃一辺倒ボクシングに駆け引きや試合運びの妙をもたらした。

そしてダド・マリノとの対戦。日本人ボクサーのトレーナーが米国人で、米国人ボクサーのマネージャーが日系二世という、これも凹凸な組み合わせ。白井に敗れてもサム一ノ瀬は祝福した。タイトルが日本に渡っても悔いはなかったから。

認知症になったカーンを献身的に介護したとのエピローグがまた良い。白井の事をカーンは忘れてしまったのかもしれない。でも白井一家はカーンに感謝を込めて世話をし、カーンもその温かさに触れ、白井によって心の傷が癒された感触を思い起こしつつ、この世を去ったのだと信じたい。
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