テレビ批評的視聴記 - 2006/07/17

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2006年07月17日(Mon)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:受胎期発見

【あらすじ】荻野久作は、エリートコースを外れ人気の無い産婦人科を選び、新潟の竹山病院に赴任。そこでは、足入れ婚(跡取りが生まれるまで入籍しない)の風習が残り、妊娠しないために離縁させられた女性が自殺したり、多産によって体力を奪われ流産で死亡したりする女性達の姿があった。

婦人の診察に時間を掛けどんな事でも聞くよう接する荻野医師。妊娠の謎を解明しようと排卵と月経の因果関係を探る。手術の際、肉眼で子宮を観察し黄体の有無に注目。また、婦人からの協力の得難い月経のデータも収集。だが当時の有力学説:月経後14〜16日と自ら作成したカレンダーとは合わず3年が経過する。

排卵痛の女性の「月のものの始まる2週間前に痛くなる」との言葉に衝撃を受ける荻野医師。月経後ではなく月経前にカレンダーを作り直すと、排卵日は12〜16日前との法則が見出される。妻:トメで実証すべく、7ヶ月間は排卵日を外して夫婦関係を持ち、8ヶ月目に排卵期で実験。第三子:博が生まれる。

大正13(1924)年、医学誌に論文を発表するも、学会の権威主義もあって受け入れられず。荻野はドイツに渡航し、飛び込みで医師を訪ね論文を読んでもらう。しかし国や大学の後押しの無い荻野は相手にされない。読み易いよう書き直しを重ねた3ヶ月後、フンボルト大シュテッケル教授の目に留まり、昭和5(1930)年2月22日「ドイツ婦人科中央雑誌」に載る。

「月経があって排卵ではなく、排卵があって月経がある」との荻野理論は、カトリック教会のローマ教皇ピオ11世が「自然の摂理に従う受胎調整法」として容認。他の学者の研究でも荻野理論は証明される。荻野の意図とは逆の、受胎法ではなく避妊法として日本でも受け入れられた。

【感想】○
世界的に有名な「オギノ理論」いわゆる「オギノ式避妊法」のその時。昔むかし「知ってるつもり!?」という番組でもオギノ式の回があり(調べたら1999年放送)、そこでは荻野と妻の協力関係に焦点が当てられていたような記憶がある。荻野の妻は姑から白い眼で見られつつ、夫婦関係のあった日や月経、細かい体調変化を記録し久作に提出していた。荻野理論の完成は妻の理解と協力なしには有り得なかった、という内容だったような(うろ覚え)。

さて今回は、妻との関係よりも診察した多くの婦人達との信頼関係に重点を置いてその時に繋げていた。親身になって診察する荻野を信頼したからこそ、排卵と月経のデータが集まり、普通の医師には話さないような排卵痛の発言から、コロンブスの卵的な発想の転換で受胎期確定に至ったと。番組内の「2週間前…前!?」のシーンの演出が珍しく派手で印象的だった。

荻野のような市井の医師が長年の謎を解明したのは凄い事なのだが、考えてみれば学会に染まった医師よりも、毎日毎日、直接女性から話を聞いていた荻野の方が答えに近かったというのは当然の気もする。ドイツからの逆輸入で荻野理論が日本でも受け入れられた事から、日本の学会は駄目とも言えるが、一応最初に日本の医学誌に荻野理論は載ったわけだし、この論文を翻訳したのがドイツでの飛び込みにも使えたわけで、全否定は出来ないのでは。

むしろ荻野の怒りは避妊法として広まった事に向けられた。人工中絶を禁ずるカトリックでの容認に始まり、安価な避妊法として昭和30年代に週刊誌に採り上げられたり。松平アナが「受胎法と表裏一体」と表現していたがその通りで、荻野の原点は妊娠できず離縁させられる女性を救う事、また年子の多産で苦しむ女性に計画的な妊娠をさせる事だったのだから。

しかし荻野の思いとは裏腹にすっかり避妊法として認知されてしまった。荻野の男性への戒めの発言も世間には届かなかった。これはやはり荻野が発言力の無い立場に留まっていたからではないか。誤解を解くには番組を通じて荻野を知るしかない。

個人的には、第三子:博の誕生がその時ではないかと。偶然ではなく生まれた初めての人間だから。クローン並みの衝撃だよ。これも偏見かなぁ。端から見れば実験で生まれたような第三子だが、久作と妻とが理解し合ってたから生まれたという上記の「知ってるつもり!?」の記述がここで意味を持ってくるわけでご勘弁を。
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