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【あらすじ】並木路子(本名:小林庸子)は小学校卒業後、松竹少女歌劇団に入団、3年後には浅草国際劇場でバックコーラスを務める。しかし流行歌の歌手になりたいとの夢は、満州事変を機に昭和9年から始まった検閲によって絶たれる。政府は「音楽は軍需品」との見解で愛国行進曲を募集、軍歌一色に染まった。
並木の兄:陸男は召集され戦死、恋人も学徒出陣で特攻隊員となり戦死、母は東京大空襲で隅田川に消える。昭和20年4月、中国上海へ慰問団として渡った並木は、中国の老人を平然と撥ねるトラックに乗っていた。6月に帰国したが歌えない状態に陥る。
終戦後、松竹から映画そよかぜの主役と主題歌の話を持ち掛けられる並木。戦中に軍歌として作られ検閲を通らなかった「リンゴの唄」が主題歌。作詞家:サトウハチローが並木にしか歌えないと拘った。しかし明るく歌えない並木。作曲家:万城目正が一言
「上野に行って来なさい」
闇市で必死に生きる糧を得ようとする人々を見た並木。
「並木君、その思いを大切にしなさい」
昭和20年10月11日、映画そよかぜ公開。リンゴの唄は10万枚を突破し戦後初の流行歌に。
【感想】◇
敗戦で打ちひしがれる日本人に希望の光を与えたリンゴの唄。その明るい歌声に至る過程は、多くの日本人同様、並木路子自身の辛い戦争体験に基づく物だった…といった内容。並木個人の視点から描いているが、国民全体の境遇と重なる部分が多く、だからこそ共感を得てリンゴの唄がヒットしたのだろうか。
リンゴの唄が戦後に作られたのではないというのは、新聞か何かで読んで知っていた。軍歌として作られたのは知らなかった。確かにこれは軍歌としては通らないだろう。とはいえ、歌謡曲をよく知らず、不幸にも金切り声の小室哲哉音楽を経てしまった今となっては、リンゴの唄の歌声も地味に聞こえる。当時の状況に思いを馳せるのは難しい。
「音楽は軍需品」として戦意高揚に利用した政府。勇ましい曲ばかりの中、人々を明るい気持ちにさせる軍歌があっても良いとのコンセプトで生まれたリンゴの唄。それが戦後になると復興を勇気づける歌として捉えられるのだから、人の心の有り様でいくらでも変わるとも言えるし、明るい気持ちにさせるという曲の本質は普遍だとも言える。
歌の収録は戦後というのがポイントか。やはり肉親の死や戦争で歌えなくなった並木が、自分だけが不幸ではないと気付き、辛い体験を乗り越えようと努めて明るく歌ったのがリンゴの唄には滲み出ているのだろう。それが皆の潜在意識とリンクしたという事か。
今回のナレーションは乙葉。その時歴史が動いた:樋口一葉での小川範子以来の女優出演。女性が主人公の時は松平アナの太い声でなく女優が読む決まりなのか。乙葉は出演してるNHK大河ドラマ「功名が辻」の合間にでもこれを収録したのだろう。
前回記事
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『リンゴの唄』の昭和史(並木路子著)
戦後ヒット曲選・リンゴの歌 (SP盤復刻による懐かしのメロディー)
歌でつづる20世紀(今回の解説:長田暁二著)
日本レコード文化史
映画「そよかぜ」(ビデオ)
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