テレビ批評的視聴記 - 2006/03/16

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2006年03月16日(Thu)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:ゼロ戦

【あらすじ】ゼロ戦(零式艦上戦闘機)は非力なエンジンながら速度・航続距離は世界水準を上回るという両立しない海軍の性能要求から設計された機体だった。設計者:堀越二郎と曽根嘉年は、やむなく機体の軽量化でこの性能を実現させた。しかし強度不足による空中分解事故が発生。海軍は実戦化を急ぐあまり、対処療法で中国戦線に投入。

僅かな数で中国に援助された米軍機を一掃したゼロ戦。太平洋戦争の真珠湾攻撃でも圧倒的な強さを見せ付けた。だが、ガダルカナル島攻防戦において、エンジン強化・羽の切り落としをした二号ゼロ戦は航続距離不足からラバウルより出撃できず。この「欠陥機」の責任も海軍は不問に伏した。

昭和17年夏、アリューシャンにて無傷のゼロ戦が米軍に捕獲される。この機体を徹底調査した米軍はF6Fを開発。また、急降下離脱戦法を採用。ゼロ戦の優位は崩れ去った。

昭和19年6月、サイパンに上陸した米軍を迎え撃つべく、日本海軍は全航空兵力を投入。いわゆるマリアナ沖海戦で先手を取った日本海軍だったが、攻撃隊はレーダーに捕捉され、F6Fの待ち伏せでゼロ戦隊は大混乱。防弾を一切していなかったゼロ戦隊にはもはや熟練パイロットもおらず、しかも250キロ爆弾を搭載していたゼロ戦に勝ち目は全く無かった。辛くも米艦隊に到達したゼロ戦はVT信管の対空砲火で撃ち落とされた。

戦闘機として使えなくなったゼロ戦は、昭和19年秋でのフィリピン戦線以降、特攻機となる。

【感想】◇
2005年8月に放送したゼロ戦ニ欠陥アリをこの番組用に再編集しただけの回。そちらの番組の方が1時間半と2倍の詳しさで質も高く、ついでに執筆者の書いた記事の質もそちらの方が高いので、とにかくそれを読んでもらった方が良い。

曽根嘉年の残したノートからゼロ戦の欠陥(防御力・耐久力の無さ)を暴き、海軍との折衝から、攻撃力と大和魂しか頭に無い軍部の無能ぶりを曝け出す構成は同一。元関係者、元パイロット等のインタビューもゼロ戦ニ欠陥アリで使われた映像と全く同じだった。唯一異なったのは「その時」の部分で、あ号作戦とマリアナ沖海戦に設定したその時の戦闘模様だけが今回のオリジナル。

書く事が無いので細かい指摘になるが、番組では、日本の航空機兵力は米の半分とされていたが、これは空母艦載機のみの比較であって、実際にはサイパン島を拠点とする第一航空艦隊があり、あ号作戦計画では必ずしも数の上で日本海軍が劣っていたわけではない(第一航空艦隊はマリアナ沖海戦時にはほぼ壊滅していたが)。

また、日本海軍の攻撃が失敗に終わり米軍の反撃で空母三隻を失った…とあり、米軍機で空母三隻が撃沈されたようにもとれるが、実際には米潜水艦に二隻をやられ、米軍機で撃沈されたのは一隻である。

最も誤解を生みそうな表現は、ゼロ戦が250キロ爆弾を搭載していた…という部分だろうか。これも全機が爆装していたのではなく、三分の一が搭載していたのであって、純粋な戦闘機任務のゼロ戦の方が多かった。

以上の指摘を踏まえた上で、数で互角で潜水艦にもやられず爆装もしていなかったら…としても日本海軍の勝利はありえなかっただろう。それはやはり防弾の無さで熟練パイロットが失われていた事、レーダーの有無、米軍の対空砲火能力などから。だから上記のような指摘は、本筋に意味を成さないマニアックな指摘である。無視して良い。

でもマニアックついでに書くと、この時のゼロ戦は同じ日本海軍の攻撃機である彗星よりも最高速度・巡航速度ともに劣っていた。自軍の攻撃機にも劣る戦闘機が敵軍の戦闘機に勝てるわけが無い。ゼロ戦神話に自ら溺れ、後継戦闘機の開発を怠った海軍と、それを開発できなかった国力の無さで既に負けていたのだ。

「日本の防波堤」サイパンが陥落し、日本本土空襲となってからの事は、そして日本は焦土となったで既述。
前回記事

マリアナ沖海戦(歴史群像太平洋戦史シリーズ)
大空のサムライ〈上〉死闘の果てに悔いなし
大空のサムライ〈下〉還らざる零戦隊
大空の決戦―零戦搭乗員空戦録
零戦 世界最強の伝説 DVD-BOX
零戦燃ゆ
1/48 傑作機シリーズ 零戦21型
1/48 傑作機シリーズ 零戦32型
1/48 傑作機シリーズ 零戦52型

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