テレビ批評的視聴記 - 2006/03/05

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2006年03月05日(Sun)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:北里柴三郎

【あらすじ】幕末の開国以来、伝染病により多数の死者が出た日本。その発生源は長崎の出島にあった。肥後の庄屋の息子だった北里柴三郎は弟達をコレラで失い医学を志す。医者ではなく政府の研究員に進んだ。

北里は細菌学の権威:コッホ教授のいるドイツに渡る。コレラ菌の全容解明に取り組みその対策法を見出した頃、政府から他の研究員と交代するよう命じられる。研究の継続を願い出てくれたのはコッホだった。北里はドイツに残り、破傷風対策や血清療法を発表、第一回ノーベル賞候補にもなる。

日本に帰国した北里は伝染病研究所を開設し、住民の誤解から来る反対を血清療法の実践で解いていく。コレラの致死率は70%から30%へと減った。しかし北里は病原菌の元を断ち切らないと発生は防げないと思うようになる。政府に国を挙げての対策を訴え予算申請するも、富国強兵政策のため却下される。

ペスト(黒死病)が香港で流行との報を受けた日本政府は、北里に対処法の発見を命じる。香港で北里は死体を解剖し、仲間の調査隊員を失いながらもペスト菌の発見、対処法を確立する。帰国し、後藤新平に働きかけ隔離・検疫・上下水道整備などの「伝染病予防法」を施行させた北里。

明治32年、ペストが神戸で発生。「伝染病予防法」に基づき、患者の隔離や全住民の検診を実施する陣頭指揮を執った北里。ネズミによる感染拡大を防ぐため猫を一家に一匹飼う事も推奨させる。こうして日本に衛生思想が根付き、以後ペストの発生は一度もない。

【感想】○
北里柴三郎なんて名前をかすかに聞いた覚えがある程度の人物で、とんでもなく地味なものになるかと思いきや、この人のおかげで多くの日本人が死なずに済んだ、この人がいなければ自分はこの世に居ないのでは、というくらい重要な人物だった。

何かを起こした人の歴史は後に残りやすいが、起きるのを防いだ、起きなかった歴史を作った人はあまり知られていない…という典型か。そんな人の「その時」の設定は難しいのか、数少ない起こした部分である「伝染病予防法」施行をその時としている。

元を辿れば、北里が金の稼げる医者ではなく、貧乏研究員になって「医学で国に奉仕する」道を選んだのが大きい気がする。国民の誰もが感染するかもしれない病気にはただの医者ではなく、国を動かす立場にあった方が有効だから。

しかし国を動かすのも容易ではなく、いくらドイツで功績を上げ、実践で示したとしても軍事思想の明治政府は聞く耳を持たなかったようだ。そこで北里の衛生思想が出てくる。
「文明国は衛生が発達した国をいうのであって、戦争に勝った国の事ではない」

ただし、北里の目指す衛生国家は人口増をもたらす面があり、明治時代の大陸進出には、爆発する農村人口問題への対処という側面もあった。だからといって侵略戦争によって解決を図った事を肯定するつもりはないが。

ペスト解明のため、死の危険(というか実際に仲間が死んでる)を犯してまで執刀した辺りは壮絶だ。これで北里が死なずに成功した奇跡をなんと見ればいいのか。意思の強さと言うと、じゃあ死んだ仲間には意思がなかったのかとなってしまうし、天の助けか運命かと考えるしかない。

ペスト対策で猫を飼うとあったが、東京などではネズミを交番に持っていくとお金をくれたという話を新聞で読んだ事がある。そこでは笑い話の一種として紹介されていたが、実は生死に関わる真面目な政策だったのね。
前回記事

ドンネルの男・北里柴三郎〈上〉
ドンネルの男・北里柴三郎〈下〉
北里柴三郎の生涯―第1回ノーベル賞候補
病が語る日本史
詳解 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律

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