テレビ批評的視聴記 - 2006/02/18

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2006年02月18日(Sat)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:壬申の乱

【あらすじ】蘇我氏を滅ぼして大王中心の政治を行う大化の改新を進めた中大兄皇子。国内改革だけでなく百済を支援し軍勢を送ったが白村江の戦いで惨敗を帰す。頓挫しかけた中大兄皇子の改革を支え、再び軌道に乗せたのが弟の大海人皇子だった。

大王になった中大兄皇子(天智天皇)は難波の宮から大津に遷都し、ここを本拠とする大友氏に息子:大友皇子を預け、後継者にも指名する。当時、一族の中から有力者を後継にしてきた伝統を破っての血統主義だった。これに不満を持った大海人皇子は、中大兄皇子の死後、大友皇子を支えずに出家して吉野に下野。

大海人皇子を恐れる大友皇子は、警護を固め追討軍を集める。大海人皇子も止む無く吉野を去り、自分の味方になる軍勢を探して東方へ。大海人皇子の不思議な力に惹かれた人々や、伊勢神宮の天照大神を祀った事が伝わり、東方の豪族が味方につく。

いよいよ両軍が激突し壬申の乱が始まったが、大海人皇子は前線に出ず、息子:高市皇子を総大将にして自分は一段高い位置にいると誇示。高市皇子の軍は大津宮に進入し、大友皇子は自害。

大海人皇子は飛鳥に遷都し、自らを天武天皇と称し、過去の大王に溯って天皇の称号を用いる事とした。

【感想】○
天皇誕生の時を描いた今回。期せずして放送日直前に秋篠宮紀子様懐妊があり、愛子様派と秋篠宮様派の皇室典範改正を巡る対立が目に見える形になったのと重なった。

壬申の乱を今に合わせればまさに愛子様派と秋篠宮様派の対立なわけで、これを放送していいのかNHK内部でも議論はあったとは思うが、直前になって放送中止にした方がおかしく見える事も考慮して、そのままの放送となったのだろうか。

純粋に過去の「その時」を描く歴史番組で、今の「その時」に影響される事なく放送するのだという意気込みがあれば、今回の件も「偶然」で済ませられるのかもしれない。放送予定を出した後に懐妊があったというのも大きいし。

さて、中大兄皇子を支えてきた大海人皇子としては、やはり自分が後継者に指名されなかったのは納得いかなかったのだろう。伝統を破っての血統主義では能力の無い者が支配者となってしまうから。かといって実力者から選ぶ方式も、その実力を巡っての争いの火種にもなると思うが。

番組で紹介された、大友皇子はリーダーシップが無くボトムアップ型、大海人皇子は強力なカリスマ性を持ったトップダウン型という図式は、この血統主義と実力主義の長所短所を非常に分かりやすく示したものだった。

どちらが絶対という事はないから豪族達も割れたのだろう。自分の意見が通るかもしれないボトムアップ型か、付き従えば分け前に預かれるトップダウン型か、といったように。大友皇子の権力基盤は最初から弱含みだったと言える。

さらに大海人皇子は、血統主義に欠けている部分を補うものとして「神秘性」を持ち出した。現代からすれば疑わしい夏場での雨予言などの「不思議な力」や、伊勢から遠く離れた地で行った天照大神を祀る儀式。だがそのような力に意味を見出していたこの時代では効果的だったのだろう。これらの策を思い付く大海人皇子が非凡であった事は認める。

合戦で前線に出ず高所に位置づけたのは、後に自分が「天皇」を名乗るのを考慮しての行動だったのだろうか。天皇となる者は手を血で染めてはならないのだと。

ともかくこうして天武天皇になった大海人皇子だが、彼が血統主義を否定したにもかかわらず、その後「万世一系」の天皇家になったのは皮肉と言うべきか。そしてその一系の意味合いも変わりそうだった現在、実力者の実力の定義も出来ない現在、無能な執筆者には今後の予想などという不敬はできない。
前回記事

壬申の乱(松本清張 著)
壬申の乱―大海人皇子から天武天皇へ
壬申の乱の謎―古代史最大の争乱の真相
日本史の叛逆者―私説・壬申の乱(井沢元彦 著)
皇統断絶―女性天皇は、皇室の終焉
語られなかった皇族たちの真実

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