テレビ批評的視聴記 - 2005/11/18

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2005年11月18日(Fri)▲ページの先頭へ
その時歴史が動いた:児玉源太郎

【あらすじ】日露戦争は、通信網が世界に整備されてから初の戦争だった。陸軍参謀本部次長:児玉源太郎は、世界各国からの従軍記者を高待遇しつつ、戦地には行かせず情報をコントロール。早期講和の世論形成を目論んだ。

だが次第に記者達の不満が高まり、ロシア寄りになったり、無許可で戦地に出向く者も現れる。日本軍による遼陽占領も、ロシアの戦略的撤退と報じられた。そこで児玉は、現地取材の制限を解除、記者会見で戦況報告をするなど改善策を採る。

203高地、旅順攻略の後、ステッセルに礼を尽くした乃木希典をメディアが好意的に報じた事に着目した児玉は、乃木解任を突っぱね、奉天会戦にも乃木軍を配置。クロパトキン指揮のロシア軍の背後に乃木を回らせる。

大きな損害を出した日本軍だったが、奉天占領はロシアの終わりとメディアで報じられ、講和の呼び水となった。

【感想】○
情報通信の発達を背景に伸長して来たメディアをコントロールする事で、日本有利の世論を形成し、早期講和に持ち込もうとした児玉源太郎を描いた回。児玉とメディア双方が、報道の仕方について高度化していく過程が面白かった。

最初は高待遇に日本寄りの報道をしていた記者達。戦地に行けない不満からロシアに引き抜かれたりして雲行きが怪しくなる。児玉も日本有利の情報公開を積極的にする事での情報コントロールという高度な手段に変わる。だが、観察眼を付けて来た記者達は、必ずしも日本寄りにはならなかった。

そこで出て来たのが乃木希典。全体の戦況よりも一人の英雄を利用した方がメディアも報じやすく、分かりやすい。児玉は乃木というメディア上の英雄を育て上げたのではないか。今まで語られて来た「児玉と乃木の友情」などとは違う関係。番組ではここまで踏み込んだ見解を出していなかったが、このもう一歩の踏み込みが欲しかった。結局、世論を動かしたのは英雄の誕生だったのだと。

乃木は実際の働きぶりとメディア上の英雄扱い、そして現実社会でも英雄扱いされるようになった自分との落差に苦しむ。世界メディアに祭り上げられた最初の犠牲者が乃木だったのかもしれない。児玉はそんな乃木の苦しみなど知る間もなく、日露戦争終結の翌年に亡くなった。
(英雄のプロデュースから攻殻機動隊SAC 2nd GIG #8を思い起こした)
前回記事

児玉源太郎―日露戦争における陸軍の頭脳
乃木希典(まれすけ) 「廉潔・有情」に生きた最後の武人
ロシアはなぜ敗れたか―日露戦争における戦略・戦術の分析
機密日露戦史
近代日本の対外宣伝
米国特派員が撮った日露戦争
暴かれた開戦の真実:日露戦争(今回の解説:稲葉千晴 著)

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