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【あらすじ】幼い頃に両親を亡くし、働きながら学問にも目覚めた二宮金次郎。荒れ果てた田畑を耕し、家を再建し34歳で結婚。その偉業は噂となる。それを聞きつけた小田原の藩主:大久保忠真は、下野国の桜町の田畑復活の役目を二宮金次郎に命じる。
桜町の年貢は不当に高く、村人のやる気が奪われていた。そこで金次郎は年貢を4分の1にして働いた者を表彰した。反発もあったがやがて村人と金次郎は信頼関係で結ばれる。
天保の大飢饉が発生しても、桜町は金次郎が貯めていた一年分の食料によって影響を受けなかった。それを知った大久保忠真は、小田原の民も救うよう金次郎を呼び戻す。
4万人が飢えに苦しむ小田原。金次郎は人々を無難・中難・極難に分類し、極難に藩の倉庫の食料を与える。さらに無難・中難から募金「報徳金」4千両を集め、極難に貸し出すシステムを構築する。
天保8年(1837)4月、小田原では一人の餓死者も出さずに麦の実る季節を迎えた。天保12年、二宮金次郎はこの功績で幕臣となり、600を超える町村を復興させた。
【感想】○
知らなかった、二宮金次郎がこんな人物だったとは。「働きながら勉強した偉い人」と冒頭で答えた小学生と同程度の認識しかなかった。不明を恥じるばかり。
川の氾濫で家を失い、生活苦から両親も亡くしてしまった二宮金次郎。勉強をして洪水を防ぐために松が有効だと知った金次郎は、給金を松の苗木に充て、土手に松を植える。農耕技術の勉強から荒れた田畑を開拓し、自分の家を建て直す…泣ける話だ。悲しみを感情で終わらせず、自分の身につけた理論と実践で解決していく原点のエピソードからして凄い。
下野の桜町では、金次郎が自分だけでなく人を動かす事にも長けた人物であった事が良く分かった。やる気を出させようと現場を回ったかと思えば、突然姿を消して村人から戻って来るようにとの嘆願書を取り付ける。押しと引きの巧みな使い分け。
小田原を救う際も、無難・中難・極難の分類や協同組合の原点のシステム構築といった、極めて冷静な対処法を実行すると共に、「空腹を堪える事を仕事だと思って頑張れ」「怠けたから飢えに苦しんでいる者もいるが、同じ土地で育った者を見捨てていいのか」などの心に訴える言葉も残している。
今回の解説者は内橋克人。金次郎の逸話の中から自分の主張にあった部分を取り出して、官僚組織の壁や無能ぶりを批判していた。打ち壊しが多発し、藩の倉庫に全員を救うだけの食料が無いと分かっているなら、役人でなくても鍵は厳重管理すると思うが。そういう普通の行為を超越したシステムの構築を成した二宮を誉めるだけで十分なのに。
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