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【あらすじ】太平洋戦争開戦時、抜群の性能で米英軍機を圧倒した零戦(零式艦上戦闘機)。その裏には技術者と海軍部だけが知る重大な欠陥があった。零戦設計副主任・曽根嘉年が焼却命令に反してまで残した開発ノートから、軍部との交渉・自身の苦悩を紐解く。(ETV特集)
零戦開発に海軍が要求したスペックは、速度・航続距離・武装・格闘性のどれも過大なものであった。技術者は、機体軽量化で要求を満たそうとする。しかし、試作機は空中分解。方向舵を支えるマスバランサー外れと、新素材:超々ジェラルミンにかかる負荷から皺が発生する。
これを海軍は応急処理と急降下速度の制限で対応し、実戦投入を急がせる。初戦の目覚しい活躍で欠陥は隠され、海軍はさらなる性能向上を零戦開発陣に要求する。
だが、エンジン馬力を増やし量産化を狙った32型は、航続距離が短く、ガダルカナル戦で全く役に立たない。これを改良するため、弾薬を減らして燃料を増やそうと考えた曽根の提案は退けられ、主翼にタンクを増設する事が決定する。それは零戦の防御力を著しく低下させた。
また、墜落した零戦が米軍に捕獲され、機体は徹底的に調べられた。その後米軍は、零戦に対し急降下で逃げる事と一撃離脱戦法を採るようになり、零戦は追い詰められる。
空戦が格闘戦ではなくなった中、曽根達は防弾板と防弾タンクの必要性を軍部に訴えるが全く聞き入れられない。もはや戦闘機としての任をこなせなくなった零戦は、爆弾を抱えた特攻機として利用される。
【感想】◎
零戦の神話が防御力を犠牲にしたものである事は周知の事実だが、設計副主任・曽根嘉年の資料からそれを裏付け、検証していく確かさを評価したい。一冊のノートから技術陣と軍部の攻防、曽根の不安が実戦でも証明され、戦局が悪化していくのに改良案が通らない苦悩など、開発現場と実戦部隊をシンクロさせ、無理解な海軍幹部を浮き上がらせる構図が見事に描けていた。
航空力学の鈴木真二東大教授による事故の再現実験も、零戦がギリギリのバランスで開発され、少しの負荷にも脆い事などが良く解った。さらに、企画:海軍、設計:技術者、運用:兵士の意思疎通とサイクルが上手く回らなかった、軍部の攻撃思想が強すぎた…という指摘も裏付けがあるだけに説得力があった。
現在のインタビューでも「防御力を高めたために目的を果たせない戦闘機は意味が無い。目的があって設計されるのだから防御力強化は二の次だ」といった主旨を語る元海軍幹部との壁は当時そのままだった。
それに対して開発者である曽根嘉年(故人)は、番組中たった一枚の写真でしか登場しない。物憂げな表情をした曽根の白黒写真が何度も挿入される。全てを知った上での憂慮した表情だったのか?と思わせるあの写真一枚で視聴者を惹き付ける手法も秀逸だった。
米軍が捕獲零戦を調査して、自機の運用と開発を進めていったのに対して、日本軍も捕獲米軍機から防弾の必要性を訴えたのに、それが通らないのはやはり軍部が攻撃一本槍だったからだろう。
ちょっと細かい指摘になるが、日本軍機が米軍機を落とすために12.7ミリから20ミリ、30ミリ、37ミリ、57ミリ、果ては75ミリといった大口径機銃、機関砲を搭載していったのに対し、米海軍機は大戦中ずっと12.7ミリ機銃で通している。この事からもいかに日本軍機の防御力が無く、改良も加えられなかったかが良く分かる。
大口径を搭載すると安定性や速度・航続距離は落ちる方向になる。それを維持するためには機体を軽くする=防御力を削るしかないわけで、この図式は零戦に限らず他の戦闘機にも当てはまるものだった。
一方の米軍はずっと12.7ミリで良いわけだから、武装バランスは保ったまま機体開発ができるので、後継機の開発は容易だっただろう。防御力の発想が無かった軍部は、結果的には敵を利する事に繋がっていたのだ。
余談だが、番組に東条輝雄が出てきたのにビックリした。プロジェクトX:YS11(前編)、(後編)でリーダーを務めながら出てこなかった東条なのに、なぜこの番組には出演したのだろう?終戦60年では東条の孫娘の露出も多い。何か東条家で方針変更があったのかと勘ぐってしまう。
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