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【あらすじ】信長は伊勢の北畠氏との戦いで、信長の元に身を寄せていた九鬼嘉隆に水軍を設立させる。安宅船に鉄砲を搭載し、沖合から伊勢水軍陣地を射撃。水陸両面から追い詰められた北畠氏は1569年に降伏。
1576年、大坂の海運を握る本願寺への兵糧攻めを行う信長であったが、海路から補給を受け効果が出ない。海上封鎖に踏み切るも、村上水軍によって信長の安宅船は焼き払われ壊滅する。この敗北によって反信長勢力が勢い付き、信長はピンチに陥る。
そこで信長は、鉄の船を建造するよう九鬼嘉隆に命じる。関の刀鍛冶を動員して鉄板を加工し、全長を20ではなく32.4mにした安宅船に貼り巡らせる。
1578年、村上水軍600隻VS巨大鉄船6隻の海戦が始まる。機動力が全く無い巨大鉄船はたちまち囲まれ火攻めされるが、びくともしない。その時、鉄船から姿を現した西洋式の大砲が火を吹く。指揮官のいる船を撃沈された村上水軍は、散り散りとなり逃走。この2年後、本願寺は降伏する。
【感想】○
火攻めに対抗するために鉄の船を造る…この手のトンデモ兵器は大抵失敗するものだが、信長の巨大鉄船はそうではなかった。この辺りの奇跡さが人を魅了するのか。
鉄船の存在は知っていたが、どのように造られどうやって戦ったのかは知らなかったので、今回は大分ためになった。まず、原点が鉄砲を搭載した安宅船にあり、北畠氏との戦いという前段階があった。そこでやった艦砲射撃はもしかして世界初?次に、鉄板の作成が関の刀鍛冶にしか出来なかったとは。敵方ばかりか世界でもその技術がなかったから、鉄船は世界初の偉業なのかも。
そして海戦。信長水軍が鉄船だけで戦った事も知らなかった。普通の船を伴って戦っても意味が無いと悟っていたとはいえ、600隻対6隻の戦いを仕掛ける信長の潔さというか無謀さは、やはり常人ではない。
機動力の無さを補う大砲による火力の発想も理に適っている。単に鉄で防御力だけが突出していたわけではない。だから勝利を収めた。
たった一回の海戦に使われただけで姿を消した巨大鉄船だが、その一回で村上水軍に恐怖を植え付けたのだろう。鉄板を貼ったり大砲を積む技術が信長以外には無いし、もともと村上水軍は毛利の協力者に過ぎなかったわけで、その協力を断念させる抑止効果が巨大鉄船の伝説を大きくしたのかもしれない。
船底に穴を空ける衝船を使えば鉄船はひとたまりもない…と考えるのは素人の考えか。
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